こんばんは。
今日は12月29日(火)。
今年も残すところあと2日になりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
さて、内館牧子の「今度生まれたら」はもうお読みになったでしょうか。
そしてお読みになったのでしたら、そこから何を感じ取られたでしょうか。
私はこの「今度生まれたら」と、やはり内館牧子が先に書いた
「終わった人」の2冊から同じものを、すなわち「人は何歳になっても、
自分や家族以外の人から必要とされるような、
そして自分が打ち込めるような仕事か趣味かボランティアが必要ですが、
貴方はどうしていますか」という問いかけを感じました。
主人公は「終わった人」では定年後に、「今度生まれたら」では
70歳になって、初めて「それが無い」ことに気づき慌てます。
しかし、それまでそれをしないでいて、その時になってから俄かにそれを
見つけようとしてもそれはなかなか難しい。
だから2冊の本は「人生の出来るだけ早い時期に、
何歳になっても出来、かつ人から必要とされ自分が打ち込めるようなものを
見つけてやるようにしておいた方が幸福ですよ」と述べています。
それに対して以下は「私はどうだろうか」と検証してみた結果ですが、
「自分が本当にやりたいこと」を探し求めて、それを自分の仕事にするまでの
過去数十年間の軌跡を辿ることになりました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自分が本当にやりたいことを自分の仕事にするー私の場合
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は大学卒業後鉄鋼会社に入った時から
「自分が本当に何をやりたいのか」
をずっと探してきたように思います。
会社に入って配属された「労務」「外注管理」「企画」と言う
各部署の仕事はそれなりに面白かったのですが、
その一方で「自分が本当にやりたいこととは違う」
という意識が常にどこかにありました。
しかし肝心の「自分が本当に何をやりたいのか」が分からない。
それが氷解したのが、エジプト・アレキサンドリアでの
海外プロジェクトに派遣された時、私と同時期に日本人トップの
ジェネラルマネージャーとして赴任された方が、
その当時ほとんど絶望的な状態に陥っていたプロジェクトを、
たった1人で、しかも2年間という短期間で、
経営再建したのを目の前で見た時です。
たった1人の有能な経営者がいただけで、
プロジェクトの結果が失敗から成功に180度変わり、
その結果「このプロジェクトを立ち上げたエジプト政府と世界銀行」
「このプロジェクトに日本から参加した3つの企業」
「このプロジェクトで雇用された3000人のエジプト人職員」
等全てのプロジェクト関係者を幸福にすることができたわけで、
私はそれを見て、「私が本当にやりたかったのは経営、それも経営再建だ」
と確信しました。
しかし、エジプトで「自分が本当にやりたいこと」は分ったものの
それをどう実現したらいいかが分からない。
それが分からないまま悶々としていた時、たまたま鉄鋼会社傘下の
企業立病院でその経営再建に従事することになりました。
企業立病院の経営再建は、毎日の睡眠が2~3時間というハードなもので、
黒字化するまで4年かかりましたが、非常な達成感と充実感があり、
「病院の経営再建」は「自分の天職」と感じました。
それゆえ、鉄鋼会社から企業立病院外への異動内示が出た時、
私は脱サラして「経営再建を請け負うプロの事務局長」として
全国各地の病院を経営再建して歩く道を選びました。
私はその時まさに「自分の本当にやりたいこと」を「自分の仕事」
にしたのですが、既に58歳になっていました。
その時の脱サラから11年が経ち、今、私の仕事は主として、
(1)次代の病院経営者(事務長)育成と
(2)各地の病院に対する経営コンサル活動と
(3)病院経営に関する講演・執筆活動
に変り、その延長線上に、
(4)「病院の常識イコール世間の非常識」となっている病院業界
を題材にした小説を書いて直木賞を取ることと
(5)その直木賞受賞作品を自ら監督して映画化すること
を目標においていますが、そのベースにあるのが
「病院の経営ー経営再建」であることは変りません。
このように、私の「自分が本当にやりたいもの」探しは
鉄鋼会社入職時から始まっていて、それを見つけ「自分の仕事」化するまでに、
定年までの期間のほとんどを費やしています。
もっと早くから「自分のやりたいことを自分の仕事にすることができていたら」
と思わないでもありませんが、私の場合、今の状態に辿り着いたのも、
多分に偶然と出会いによるもので、自分の努力と才覚だけによるものでは
ありませんので「言っても詮無いこと」と考えております。
それではまた。

