【2025年度エジプトANSDK会報告】

今から30~40年前、日本が「ジャパンアズナンバーワン」 
と言われていた時代がありました。 

世界中に日本企業と日本人が進出した時代で、
当時、鉄鋼 会社に勤務していた私も、企業戦士の1員として、
エジプト ・アレキサンドリアに赴任しました。 

赴任した先は、国連傘下の世界銀行が、
当時、エジプト・ 日本両政府と3者で、

(1)3000人のエジプト人の新規雇用 
(2)当面は鉄鋼製品のエジプト国内自給とそれによる 10億ドルの外貨の節約 
(3)将来はエジプトから諸外国に輸出しての更なる外貨 の獲得

を目的に、エジプト国内唯一の港湾都市であるアレキサン ドリアに、
エジプト政府と西側先進鉄鋼会社の合弁で、 
1000億円をかけて建設したばかりの「エジプトANSDK社」 
という近代的な最新の臨海一貫製鉄所でした。 

ANSDK(正式名は、
「アレキサンドリア・ナショナル・スチールアンドアイアン・エルディケーラ・カンパニー」)社 は、
エジプトと、このプロジェクトに日本から参加した日本 鋼管(現JFEスチール)
・神戸製鋼・トーメン(現豊田通 商)3社の4者合弁で設立された製鉄所ですが、 
(1) エジプトの地で近代的な製鉄所を建設し、 
(2) エジプト人を採用して教育し、 
(3) エジプト人が自ら操業・経営を行えるようにして引 き渡す

ため、その操業・経営指導のため、第1陣から第8陣に分 けて、
2年間ずつの交代で、この3社の職員が、その家族 を含めて、
毎期、数十人から百人ずつ、日本から、アレキ サンドリアに赴任しました。 

世界銀行からの融資と円借款を使って実施されたプロジェク トのうち、
稀に見る成功例となったこのプロジェクト
(= エジプト・アレキサンドリア・エルディケーラ・プロジェク ト)
の詳細についてはまたどこかで述べる機会があると思い ますが、
私が赴任していたのはその第2陣(S62年~H1年) でした。 

昨日、 
(1) 当時第2陣で赴任していて 
(2) 今は首都圏にいる 
(3) 日本鋼管(現JFEスチール)関係者

による同窓会が開催され、私がその幹事でしたので、
今朝、 以下のようなその報告メールを配信しました。 

ご参考までにそれを披露致します。 

36才の時に赴任して38才の時帰国し、
それから早いもので36年の歳月が経ちました。 

当時30~50代の少壮気鋭・働き盛りだったメンバーも、
自分も含めて、みな歳をとり、
またこの同窓会の発起人の宮脇さんという(後の日本鋼管常務)
私たち第2陣時代の ANSDK社GM(ジェネラルマネージャー)
だった方も昨年 亡くなり、
帰国当時40人以上いたこの会の参加者も、
今年は10人と寂しくなりました。 

当時のメンバーの中で最も若かった私も既に74才。 
しかし、公私ともに充実していたエジプト時代のことを語り
合うことのできるメンバーが他に誰か1人でもいるかぎり、 
そして人生でそのような素晴らしい機会を与えてくれた宮脇さんに
いつまでも感謝して、この会の幹事をずっと続けよう と思っています。

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      2025年度エジプトANSDK会報告 
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エジプトANSDK会メンバー各位
おはようございます。 
幹事の豊岡です。 

いつもお世話になっております。 
さて、昨日の土曜日(1月10日)12時~14時に2025年度
ANSDK会を開催しましたので、以下、簡単にその報告を致 します。 

1.開催場所
  開催場所は、いつもの、横浜中華街の「心龍(しんろん)」 でした。 

2.会費 
  会費は6000円/人(飲み放題付き・税込み)で、質はともかく量的には
  十分だったように思います。 

3.参加者 
  今回の参加者は10名で、現登録会員21名中事前申し込みがあった全員が
  参加されました。 
 (ちなみに前回の2024年度ANSDK会への参加者数も10名 でした。) 

4.参加者の近況報告
  当日、参加者の皆さんから頂戴した近況報告は、発言順に 
  (アルコールが入っていたことからうろ覚えで恐縮ですが)
   以下の通りです。


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         参加者からの近況報告
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<Aさん>
仕事を辞めて13年になる。
その間、弓道場に通い3段にまでなったが、体力の低下で
道場での修行に必要な(足の裏を床に擦り付けて歩く)
スリ足ができなくなったので、道場通いも卒業した。 
娘がオーストラリア人の彼氏と結婚して今オーストラリアに住んでいるが、
その子供(Aさんの孫)が今回、オース トラリアの工科大学に合格した。 

<Bさん>
このANSDK会への参加は10年ぶりになる。 
JFEとその関係会社での勤務後、京浜の物流商社で10年間営業をしていた。 
そこも、今年3月にリタイヤすることになって、
女房から 「長い間お疲れ様でした」と言われた。
今後どうするかだが、これまでは「仕事、仕事」の毎日だったので、
女房と旅行に行く等、少しのんびりしたいと考えている。 

<Cさん>
JFE時代、経理の仕事をしていたことからその専門的な知識・技能を活かして、
今は投資の仕事をしている。 
毎朝起きた時に各種データをチェックして売り買いの注文を出すなど、
日に何回もチェックしてアクションしている。その結果によっては、
胃がキリキリと痛むことも多いが、昨年の実績では1200万円と、
ほぼ現役並みの収入を確保できている。 
今年の目標は、女房と「めざせ!2000万円」と言っている。 

<Dさん>
JFEの子会社退職後、福岡に帰って女房から小遣い銭をもらいながら
毎日パチンコ三昧の生活を送っていたが、ふと
「この ままでは、早晩、金銭的な余裕がなくなって、小遣い銭もも らえなくなる」
と思い立った。 
そこで、一念発起して受験勉強して、社会保険労務士の資格をとった。 
今は、週3日ほど、社会保険労務士の仕事で全国を走り回っている。 

<Eさん>
JFEの子会社で70才まで仕事をやっていたが、
出勤途中で突然胸が苦しくなり、救急車で病院に搬送された。 
その結果、ステント手術をやり、今は良くなったが、仕事は していない。 

<Fさん>
自家農園をやっている他、シルバーへの人材登録をして、
時々その関係の、例えば公立の公園での草刈り・枝下し等の
仕事をしている。 
ANSDK時代は、エジプト人に舐められないように口ひげをはやしていたが、
帰国してからすぐやめた。 

<Gさん>
悪戦苦闘の末、企業立病院の経営再建に成功した。 
また丁度その時、JFEから病院外への異動内示が出た。 
なら、 「企業立病院の経験と実績を活かして、JFEから外の世界に出て、
病院経営再建のプロとして生きていくのもいいか」 と考えて、
脱サラし、関西で10年間、公私の5病院を経営再建して回った。 
その後、6年前に横浜に戻ってからは、 
(1) 病院経営者育成塾を開講しての、院長・事務長・看護 部長・技師長などの
    病院経営幹部職員の教育・育成 
(2) 病院経営コンサルタントとしての、全国の病院の経営 再建・改善の支援
の仕事をやっている。 
採算で見た場合、前者の教育事業は赤字で、後者のコンサル タント事業は黒字。 
それでもコンサルタント事業の黒字の方が大きいので全体ではかろうじて黒字になっている。 
つくづく「経営は難しい」と思い、神頼みで、
今年の元日も、熱海の神社で商売繁盛を祈願してきた。 

<Hさん>
心臓を少し悪くしているが、体力不足のため根治治療がまだ出来ないでいる。 
それでも身体を動かすことはできるので、住んでいる町にある
「緑を守るNPO法人」に参加して、機械を使っての草刈り等の緑地保全事業に従事したりしている。 

<Iさん>
自分のANSDK行きは、宮脇さんの当初の人事構想とは異なっていたと思うが、
それでも宮脇さんは我慢して自分を使ってくれ、
帰国に際してもそのポスト等でできるだけの配慮をしてくれた。 
お陰で、ANSDK後も充実した仕事人生だった。 
仕事を辞めてからは、山登り・水泳等趣味に生き、健康作りに留意しているが、
中々、完全には行かない。 
で、今日も病院から来た。 

<Jさん>
今から思うと、単身赴任だったけど、ANSDK時代が、
気力・ 体力ともに一番充実していたと感じる。 
赴任者寮では、朝晩、大音量で流されるコーランに悩まされたが、
2年後に帰国する頃は、慣れて子守唄代わりに聴いていた。

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以上、遅ればせながら昨日の2025年度ANSDK会の報告 まで。 
それではまた。
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一般社団法人 日本病院経営支援機構