【職業生活のピークで迎えた私の74歳の誕生日】

11月24日(月)は私の74歳の誕生日でした。 

でも、そのことを私は、当日、きれいに忘れていました。
しかし、この日は青森県の大学で私の講義がある日でしたので、講義終了後に受講生から
「誕生日おめでとうございます」と言われ、プレゼントを贈られて初めて私は、
「その日が私の誕生日であること」に気が付きました。 

 それと同時に、『毎年、仕事が増えて誕生日ごとに忙しくなる』と感じていたけど、
そのことが今回の『誕生日に、誕生日であることも忘れて出張先で仕事をしている』ことに象徴されている」
と思いました。

 鉄鋼会社のサラリーマンだった私が、派遣された先の企業立病院で、悪戦苦闘の末、
その経営再建に成功したことを契機に脱サラし、その経験を活かして
「病院経営再建を請け負うプロの事務局長」として
全国各地の病院で経営再建して歩くようになってから16年。 
そのノウハウの集大成・普及・実践を目的に「一般社団法人・日本病院経営支援機構」を
設立してそれを舞台に、「病院経営者育成塾」を開講しての
病院長・事務長・看護部長・薬局長・技師長等の病院経営幹部職員の教育育成を行う一方で、
病院経営コンサルタントとして全国各地の病院の経営再建支援活動に
従事するようになってから6年経ちます。

お陰様で仕事は順調ですが、特にコロナ禍の前後で病院を取り巻く経営環境が急速に悪化し、
全国の病院から私への経営再建を支援する経営コンサルタントとしての依頼が増え、
地方出張が増えましたので、そのことが上述した、
『毎年仕事が増えて誕生日ごとに仕事が忙しくなる』
との感想に繋がっているのかと思います。

 現に、数字で過去5年間(R3年・R4年・R5年・R6年・R7年)の誕生日月(11月)の
地方出張実績を拾ってみると、 

 R3(2021)年11月:地方出張4日 
R4(2022)年11月:地方出張13日 
R5(2023)年11月:地方出張14日 
R6(2024)年11月:地方出張17日 
R7(2025)年11月:地方出張20日 

と、毎年、地方出張が増えています。 


地方出張以外の日は、自宅で、その準備・調査・レポート作成の他、病院経営者育成塾でのオンライン講義などに
従事していますので、特に、今年の11月は1ヶ月30日フル稼働で、事実上休みなし状態でした。 

 これは、今は病院受難の時代で、各病院は大変な状態に置かれていますし、
また私は「病院の助けになりたい」と起業したのですから、
「自分が無理をしてでも、できるだけ、各病院からのオファーは受けよう」
と思って対応してきた結果ですが、東北地方の後は中国地方、そのあとは近畿地方、北陸地方、
首都圏と連続して地方出張が続くと、さすがに自分でも「無理をしている」「しんどい」とは感じていました。
 
それでも私は「24時間働けますか」のリゲイン世代ですので、「職業生活とは、仕事とはそんなもの」と思い、
毎日、重いリュックを背負い、重いスーツケースを引っ張って転がしながら、仕事を続けていたのですが、
12月に入って、多分身体が音を上げたのかと思いますが、京都駅に着いてホテルに向かおうとした矢先、
急に私は腰に激痛を覚え、立てなくなりました。 

しばらくベンチに腰掛けてから、腰をかばいながらそろそろと立ち上がり、
そのあとはスーツケースを杖代わりに押しながら、這うような感じでホテルまで辿り着いたのですが、 
その夜は、女房が非常用に持たせてくれていたロキソニンを服用して痛みを抑え、
翌日のスケジュールはキャンセルして、横浜の自宅に戻りました。 

 それでいつものかかりつけの病院で診てもらい、レントゲン写真も撮ってもらったのですが、医師の診断は
「年齢相応に筋肉に劣化が見られる以外、特に異常は見られません。
多分、何かの拍子に腰を捻ってギックリ腰を起こしたのでしょう。
できたら今月一杯、外出を控えた方がいいでしょう」
というものでしたので、そのあとの12月の予定は全て、キャンセルするか、
訪問をTV会議に切り換えて今日に至っています。 

ギックリ腰にかかったのは5年ぶり3回目です。 
その後の静養で、今は、痛みはなくなり、日常生活や歩行に全く支障はなくなりましたので、
1月からまた仕事に復帰できると思いますが、今回のことでは色々と私も思うところがあり、
今後、仕事量は少しセーブし、出張のやり方も変えていくことにしました。 

如何に本人は「いつまでも変わらない」と思っていても、74歳になったことによる体力の衰えは否定できす、
無理に無理を重ねた結果が今回のぎっくり腰で、無理をした結果,コンサル先の病院に迷惑をかけていては
何にもならないからです。 

 そのため、1月以降、 
(1) 地方出張では無理な日程は組まず、また極力前泊等を入れる等、ゆったりしたものにする 
(2) 腰に負荷がかからないよう、リュックからスーツケースに荷物を移し、リュックは極力軽くして背負う 
また、 
(3)来年度以降、コンサル先の病院数を無理のない範囲まで減らす 

ことにしました。 

 この結果、来年度は私の業務量が減ることは確実です。

 今まで『毎年仕事が増えて忙しくなる』と思っていた私の誕生日ですが、
来年のR8(2025)年11月の誕生日は「初めて仕事が減って暇になった」
「74才の誕生日は、私の職業生活のピークだった」
と感じることになりそうです。 

 それではまた。

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一般社団法人 日本病院経営支援機構