【歌劇「真間の手児奈(ままのてこな)」】


こんにちは。 

毎日猛烈に暑いですね。 
特に今の時季の京都は、盆地ということもあって耐えが たいほどの暑さです。

その京都で先日、私は高校時代の友人と、高校卒業以来、 55年ぶりに会って飲みました。 

私は岡山県津山市にある岡山県立津山高校の出身ですが、 その津山高校時代、その友人は音楽部にいて、
ハンサムでかつ真面目、穏やかで笑顔がさわやかだったことから 「音楽部のプリンス」と呼ばれて、
女性のクラスメート に人気がありました。 

しかし私とは深い交流はなく、高校卒業後も、その友人が
「新聞社に入って東京にいる」という話しは耳にしていたものの、
会ったのは10年前に私が東京で講演会をやった時にその友人が聴きにきてくれた時だけで、
その時も会場で一言二言言葉を交わしただけでした。

ただその時交換したアドレスを使ってその後も頻度は多くはないものの
メールのやりとりはありましたので、 その友人がその後京都に転居したことは知っていました。 

また、私は今病院経営コンサルタントの仕事で毎月関西 に出張していますので、
今回、私からその友人に 「京都で会って飲まないか」と打診したところ「OK」の 返事があり、
上述した飲み会となったものです。 

そうした経過から、その友人とじっくり会って話したのは、
昭和45(1970)年の高校卒業から55年経った今年の夏が初めてでした。 

待ち合わせた京都駅に、今は新聞社の取締役会長になっていた友人は、髪は真っ白となり、
年輪を加えて渋味を増していましたが、高校時代の爽やかな笑顔のままで現れました。 

高校卒業以来半世紀間、お互いにそれぞれの人生の時間を過ごしてきたので、
二人の話題は、高校時代のことから 高校を卒業して今に至るまでのお互いの来し方にまで及び、 
非常になつかしくかつ興味深く、話がはずみました。 

高校時代のことで話題になったのは主として、高校2年の時に私が生徒会の文化委員長として
取り組んだ文化祭でその友人の音楽部がやって評判を呼んだ
歌劇「真間の手児 奈(ままのてこな)」の話しでした。


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        真間の手児奈 (ままのてこな)
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「真間の手児奈」は、万葉時代、真間(千葉県市川市)とい う入江に住んでいた手児奈という美少女と、
彼女に求婚する 男達とのやりとりを描いた歌劇です。 

歌劇は冒頭、真間の入江に住む手児奈の美しさを讃える村の娘たちの歌から始まります。
次いで、大名や地主や金持ち等有力者が次々と登場し、手児奈に求婚しますが、
彼女は片っ端から退けます(このあたり は竹取物語風)。 
遠国から訪れた真間で手児奈に会って彼女に恋するようになったものの、金も力もなく、
また内気な性格からそのことを彼女に伝えることが出来ないまま真間に住み暮らしていた若者は、
彼女のそうした言動から「自分には全く脈が無い」 と絶望し、ついに彼女のことを諦めて、
自分の国に去ってし まいます。
しかし、実は手児奈はその若者が好きで、その若者が求婚してくれるのを待っていたのでした。
でもその若者が去ってしまったことで、彼女は絶望して、 真間の入り江に身を投げて死んでしまいます。

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非常に美しく印象的な歌の数々と、何ともショッキングなエンディングを持つ歌劇ですが、
それを当時高校2年生がメインだった音楽部がやり切ったのですから、
当時の津山高校音楽部の充実ぶりが良く分かります。

当時の音楽部の顧問の先生がこの歌劇の上演を音楽部に勧めたこと、 
若者を演じた「音楽部のプリンス」の友人は万葉時代の服装をお母さんと一緒になって苦労して自作したこと、 
ヒロインを演じた女性クラスメートはその後音楽大学に進みオペラ歌手を目指したものの果たせなかったこと、 
大名を演じた当時の「音楽部の部長」はつい先ごろまで、 母校の津山高校で音楽の教師をやっていたこと等、 
次から次に話が展開して飽きが来ませんでした。 

そしてその「音楽部のプリンス」の友人と飲んだことを早速、
私が今でも付き合いのある「音楽部の部長」の友人に メールしたところ、 
「彼は音楽部時代テノールの素晴らしい美声の持ち主でしたが、卒業してからずっと会っていません。
東京で新聞社に出ていると聞いていましたが、今は京都ですか。
凄く懐 かしいです。連絡がとりたいので、携帯を教えてください」 と言ってきました。 

それをそのまま「音楽部のプリンス」の友人に伝えたとこ ろ、 
「彼とは卒業以来全く会っていませんから、懐かしいというか、記憶の中の人物といった感じで、
過ぎ去った青春時 代の幻が蘇るような不思議な気がします。彼に携帯を知らせていただいて結構です。」 
との返事がありましたので早速そのように対応しました。 

私にとって津山高校2年の時の1年間は、その後、浪人を含めて長く続いた受験生活に入る前の、
カッと晴れた夏空のような、本当に青春と呼ぶにふさわしい1年間でした。 

それが今回の「音楽部のプリンス」の友人の話しを聞き、 
また、それに対する「音楽部の部長」の友人の反応を見て、 
改めて、高校2年の時に取り組んだ文化祭の各場面や、 
夏休みに音楽部が出てきて「真間の手児奈」の練習をしているのを、
会場となった体育館の床に寝そべりながら聞いていた当時の自分の姿を思い浮かべ、 

「津山高校2年の頃は、生徒会活動と言い、文化祭といい、 歌劇といい、
青春がキラキラ輝いていたような時代だった」

との思いを深くしました。 

それがこの夏、高校時代の友人と55年ぶりに会って飲ん だことで、
改めて感じた高校時代への私の思いですが、 皆様はいかがでしょうか? 

それではまた。




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